@hanadix REBOOTED

音楽好き(聴く書く演る)なイット系労働者の日常と妄想

イパネマっ娘と彼、および村上版グレート・ギャツビー

ほぼ日刊イトイ新聞 - こんどの「JAZZ」、どうする? を読んで、気になったので
The girl from Ipanema の歌詞を確認してみた。

すらりとした、褐色の、若い、素敵な
イパネマっ娘が歩いてゆく
彼女は通り過ぎる
ただ通り過ぎる

踊るような足取りの彼女
その姿はとても魅力的だ
彼女は通り過ぎる
ただ通り過ぎる

彼女を見つめる切ない彼
どうすれば思いを伝えられるのか
彼の心は高まる、だけど
彼女は海へ向かってゆく
彼のまなざしに気付くことなく

すらりとした、褐色の、若い、素敵な
イパネマっ娘が歩いてゆく
彼女は通り過ぎる
彼のためではない微笑みを浮かべながら

やっぱし違うな。大筋は一緒だけど。

ちなみにリズム的には、英語詩はちゃんと小節に収まるようになってますが、ポルトガル語版は、詩の1行の終わりが全部小節をまたいで、次の小節の頭に8分音符の裏打ちで入るようになってます。

Ohla que coisa mais lin-
[da] Mais cheira de gra-
[ça], É ela meni-
[na], Que vem que pas-
[sa] Num doce balan-
[ço], caminho do mar

ポルトガル語版は主観目線だけど、英語は客観目線であるのは、Wikipedia - イパネマの娘 に書いてある事情からすると、英訳詩を女性であるアストラッド ジルベルト女史が歌ったからなわけですな。

ところで、翻訳と言えば、村上春樹が「グレート・ギャツビー」を翻訳したというのをつい最近知った。

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

それを知って驚いた。というのが ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック (中公文庫) のあとがきにこう書いてあったのを覚えていたからだ

六十を過ぎた頃には、あるいは、『グレート・ギャッツビー』を訳せるようになっているかもしれない。(p.318)

2006年に出版されている。1949年生まれの氏であるから57歳での出版。

おめでとうございます。

近いうちに読みます。